4月13日(水)、日テレ系で放送の「ザ!世界仰天ニュース」では、22年前にハワイで起きた藤田小女姫(ふじたこととめ)殺害事件について取り上げるそうです。

藤田小女姫さんは、昭和30~40年代に一世を風靡した霊感占い師で、歴代の首相にも影響力のあった女性なんだそうです。

今回は、藤田小女姫さんのプロフィールと経歴、事件の経緯や容疑者について、ちょっと調べてみました。

スポンサーリンク

霊感占い師・藤田小女姫(こととめ)のプロフィールと経歴!

397
出典:http://birthday.worksb.biz/藤田小女姫

名前:藤田 小女姫(ふじた こととめ)
本名:藤田 東亞子(ふじた とあこ)
出身:福岡県福岡市
生年月日:1938年1月4日
没年月日:1994年2月23日(56歳)

霊感占い師。

幼い頃、両親が離婚し、父親と生き別れる※注

太平洋戦争で実家が空襲に遭ったため、知人を頼って各地を転々とする。

9歳のとき、ハワイの狐が憑依し、霊感を得たという。

1950年、小学校6年生のとき、『産業経済新聞』(現『産経新聞』)の社会面トップに、「奇跡の少女現る マリを突きながら何でもズバリ」との見出しで、占いがよく当たる少女として紹介される。

昭和30~40年代にも、霊感を持つ占い師として雑誌やテレビで取り上げられた。

岸信介、福田赳夫、松下幸之助、小佐野賢治などの政財界の大物を顧客として財を成す


出典:http://www.ent-mabui.jp/program/5472

1961年、不動産業者と結婚するが、3年で離婚。

1968年3月13日、名目上の経営者となっていたサウナが火事で死者を出す惨事となり、経営者責任を問われる。
このことにより、マスメディアからその占いの能力について疑問を投げかける批判が起こり、応援してきた年配の有力者たちも離れて行った。

1973年、ハワイに移住する。

1994年2月23日、ハワイの高層マンションで射殺された(藤田小女姫殺害事件)。

謎の多い藤田小女姫の人生については、実弟の藤田洋三が『東亜子と洋三・藤田小女姫の真実』(出版研、2004年刊)において語っている。

416GYIqPljL._SL500_SY344_BO1,204,203,200_
出典:http://www.amazon.co.jp/東亜子と洋三―藤田小女姫の真実

※注 この記述は虚偽のようです。詳しくは次の項目をご覧ください。

戦後最大の占い師、藤田小女姫(こととめ)壮絶な生い立ち!

11歳で「天才占い少女」としてデビューした藤田小女姫さんは、戦後最大の著名な占い師でした。

政財界で多数のファンを持ち、安保闘争で揺れ動いた岸信介元首相など、大物を顧客として財を成します。

彼女に占ってもらって成功を収めた人達の声が広がり、一度占ってもらおうと、政財界の大物が押しかけたといいます。

岸信介元首相↓

出典:http://mmtdayon.blog.fc2.com/

産業経済新聞を゛サンケイ新聞゛としたり゛、キッコーマン゛という屋号を考案したのも彼女であったといわれています

しかしその生い立ちはかなり壮絶なものでした。

プロフィールにある、「幼い頃、両親が離婚し、父親と生き別れる」という記述は、実弟の藤田洋三さんの著書によると、どうやら嘘のようです。

この「両親」、確かに戸籍上は両親となっていますが、実の父母は別にいるのだそうです。

つまり、小女姫さんの戸籍上の父親は、戦後の戸籍消失の混乱に乗じて、多くの子供たちを連れて来て自分の養子にした人物で、小女姫さんもその中の一人だったのです。
それは、子供たちを売春などで働かせて、その上前を取るためでした。

実態は幼児誘拐も同然のことをしており、同じようにどこからかさらってこられた他の子供たちと「兄弟」として扱われますが、ほとんどまともな養育はされず、虐待のうちに成長したのだそうです。

そして小女姫さんも、離婚した「母」に引き取られるという経歴にはなっていますが、ろくに学校も通わせてもらえませんでした。

そのうち「母」の取り巻きによって、「占い集団を率いる凄腕占い師」に奉り上げられるようになります。
しかし、この占い集団の実態は、売春グループだったといいます。

22年前、ハワイで起きた藤田小女姫殺害事件とは?!

1994年2月、アメリカのハワイ州ホノルルで藤田小女姫さんが殺害された事件は、通称、藤田小女姫殺害事件といわれます。

1994年2月23日午後5時頃、ホノルルの高級マンション32階の一室から出火し、焼け跡から藤田小女姫さんの焼死体が発見されました。

ハワイ警察は、出火に不審な点があるとして、小女姫さんの司法解剖を行い、その結果、小女姫さんの頭部に銃弾の跡が見つかります

このため警察はピストルで殺害した後、放火したとみて殺人および放火の疑いで捜査を開始しました。

ワイキキビーチ↓

出典:http://find-travel.jp/article/2354

一方、小女姫さんの息子でハワイ大学に通う吾郎さん(当時20歳)が、ワイキキにあるホテルの駐車場で、炎上した乗用車の中から遺体で発見されます

吾郎さんの遺体も同じく、射殺された後に乗用車を放火されていたことが判明します。

警察は、母親の小女姫さん殺害事件と関連しているものとみて、大掛かりな捜査を続けた結果、吾郎さんのスキューバダイビング仲間で、事件後行方不明になっている福迫雷太(当時28歳)さんが容疑者であると断定し、行方を追いました。

警察がハワイにある福迫さんのアパートを家宅捜査したところ、犯行に使われたのと同じ弾丸が発見されたのだそうです。
さらにソファから検出された血痕のDNAが、吾郎さんのそれと一致。

また、福迫さんが、小女姫さんの貴金属類を質屋で換金していたことが判明しました。

「藤田小女姫 殺害事件-2」

これらによって、小女姫さん親子の殺害は福迫さんが犯人であると断定し、国際警察機構を通じて警察庁に身柄確保の要請を行いました。

一方、福迫さんは、事件の2日後の2月25日に日本に帰国していました。

次第に自分に容疑が固まりつつあると知った福迫さんは、3月4日に神奈川県警に出頭。
事件に関与していないことを、自ら主張しました

神奈川県警は事情を聴取した後、福迫さんの身柄をハワイ・ホノルルに押送しました。

以上が、この事件の経緯です。

藤田洋三さんの本によると、この小女姫さんの息子さんというのも、実は小女姫さんの実子ではなく、誰かに押しつけられた養子なのだそうです。

容疑者・福迫雷太について!冤罪なの?陰謀説も!次のページへ!