4月7日(木)、テレビ東京系で放送の「カンブリア宮殿」に、メイド・イン・ジャパンを売り物にして、今、急成長しているアパレルブランド「ファクトリエ」代表の山田敏夫(やまだ としお)さんがご出演されます。

全国の一流工場で作られた衣料品を販売するブランドというファクトリエのコンセプトも気になりますが、山田さんが、若くてしかもイケメンなことも話題を集めています!

今回は、山田敏夫さんのプロフィールや経歴、出身、高校・大学、メイド・イン・ジャパンへの思いなどについて、ちょっと調べてみました。

スポンサーリンク

ファクトリエ代表・山田敏夫のwiki風プロフィールと経歴!

olpremium_photo150729_1a
出典:http://city.living.jp/common/olpremium/464776

名前:山田 敏夫(やまだ としお)
生年月日:1982年10月20日(33歳)
出身:熊本県
学歴:熊本県立熊本高校、中央大学商学部

1917年創業の老舗婦人服店の息子として、上質で豊かな色合いの日本製製品に囲まれて育つ。

大学在学中、フランスへ留学し、GUCCI Paris(グッチ・パリ)店で勤務。
一流のものづくり、こだわり、プロ意識を学ぶ。

卒業後4年間、ソフトバンクヒューマンキャピタル株式会社にてネットビジネスを学んだ後、転職。

東京ガールズコレクションの公式通販サイトを運営する「fashionwalker.com」へ入社。
社長直轄の事業開発部にて、最先端のファッションビジネスを経験する。

その後、本質的にアパレル業界を変えるべく独立。

2012年1月、ジャパンブランドの直販サービス「Factelier(ファクトリエ)」を展開する、ライフスタイルアクセント株式会社を設立。

2014年4月より中小企業基盤整備機構「新ジャパンメイド企画」審査員。
年間訪れるものづくりの現場は100を超える。

2015年2月、経済産業省「平成26年度製造基盤技術実態等調査事業(我が国繊維産地企業の商品開発・販路開拓の在り方に関する調査事業)」受託者に選定される。

山田敏夫、ファクトリエ創業の原点にある思いとは?!

山田敏夫さんは、熊本県に生まれ、1917年創業の老舗婦人服店を営む家庭の次男として育ちました。

兄がいましたが、安定志向で教師を目指していたこともあり、将来は自分が家業を継ぐんだろうな、と自然に考えるようになったそうです。

左が敏夫さん↓
about_bio
出典:http://factelier.com/aboutus/

将来は経営者になることを見据えて、高校卒業後は、中央大学商学部に進学。

2年生の時、ファッションへの関心からフランス語に没頭し、1年間交換留学に行くことが決定。

しかし、迎えたフランス留学初日、早速スリに遭い、あっさり一文無しになってしまいます。

大学職員の伝手で知り合ったおばあちゃんの家で、しばらくお世話になることができましたが、とにかくお金がないので、何かしら働かなければと、現地の高級ブティックに履歴書と手紙を書き、手あたり次第に送ったそうです。

返事がきたのは、30社中1社グッチのみ

その後、数回の面接を受け、グッチで働けることになりました。

働く中で山田さんが一番驚いたのは、グッチの社員がブランドに強烈なプライドを持っていることだったそうです。

グッチ・パリ店↓
FR_3051131018_895ef22012_o_HD_S
出典:http://www.visiteurope.com/ja/article/made-in-europe

短パンで来る外国人観光客に、ある種傲慢ともいえる態度をとる店員を見て、「なぜこんな接客をするの?」と衝撃を受けたそうなんですが、その背景には、モノづくりに対するプライドがあることを知って、妙に納得したという山田さん。

同時に、日本にはそのようなプライドがないなと痛感したそうです。

日本では下請けの工場の製品が、世界では一流のブランドになっているという現実があるのに、ブランドにならないまま消え去りそうな日本の工場のことを考え、すごくもったいないと感じられました。

そんなフランスでの経験から、山田さんは、ものづくりにプライドを持った、メイド・イン・ジャパンのブランドを作りたい、日本でグッチのような誇れるブランドを作りたいと思うようになったそうです。

グッチ・パリ店での勤務時代↓
about_bio_2
出典:http://factelier.com/aboutus/

ファクトリエ代表・山田敏夫の下積み時代!

フランスから帰国した山田さんは、3年生になってから就職活動を始めましたが、「アパレルは大不況だから止めとけ!」と周囲に止められてしまいます。

そこで山田さんは、不況に直面している業界でやっていくには経営力が必要だと感じ、経営には営業が大事だとの考えから、営業とインターネットが両方学べる、ソフトバンク・ヒューマンキャピタル株式会社に入社されます。

ソフトバンク・ヒューマンキャピタル株式会社(六本木オフィス)↓
softbankhc-2-thumb-218xauto-14031
出典:http://www.seicho100.com/search/details/011069/

入社して、最終的には最年少でマネージャーに昇格、そして営業部長にまで昇進されます。

しかし、4年間IT系の営業に携わってみて、ファッションに携わりたいという思いは変わらずあり続けたそうです。

そこで、東京ガールズコレクションのオンラインストア等を運営する、株式会社ファッションウォーカーに転職。

再びファッション業界での仕事を始めることとなります。

しかし当初は、東京・江東区にある倉庫に勤務するアルバイトでした。

アルバイトなので、お金もきつかったといいます。

ある時、たまたま倉庫を訪れた役員に、本社に行きたいと直談判し、なんとか本社に移動させてもらうことができました。

ここでも契約社員、正社員と順調にステップを上っていかれ、本社では社長直下の事業開発室に抜擢され、様々なことに挑戦していかれます。

倉庫でのアルバイトからの再スタート
flow01
出典:http://www.sashida-soko.com/visit/

そんな風に1年ほど働くと、会社が大手アパレル系の企業に買収されることに。

山田さんは、大手企業の所属になると、良いオフィスに通って、そのまま居座ってしまうんじゃないかという危機感を感じます。

また、「自分のブランドを作りたい」というグッチ時代の思いに対し、何もしていないとを痛感していたことや、いろんなタイミングが重なって、山田さんは会社を辞め、日本初の工場ブランドを作るべく、ついに独立を決意されます。

山田さんが29歳のときのことでした。

「ファクトリエ」とは?お店の場所や値段も!次のページへ!