3月21日(月)、日テレ系で放送の「しゃべくり007×1分間の深イイ話『女が憧れる女性』合体SP!」では、宝塚出身で、現在はタクシードライバーをされている山之内敏子さんがご出演されます。

今回は、山之内敏子さんのプロフィールや経歴、タクシードライバーになるまでの経緯などについて、ちょっと調べてみました。

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元宝塚!タクシードライバー・山之内敏子のプロフィールと経歴!

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出典:http://www.ebarakotsu.com/torikumi/kugahara/20140523.html

名前:山之内 敏子(やまのうち としこ)
生年月日:1949年2月21日(67歳)
出身:神奈川県
出身校:フェリス女学院

1965年宝塚音楽学校に入学。

1967年同校卒業と同時に、宝塚歌劇団星組に入団。

芸名は亜沙かおり(あさ かおり)で娘役だった。愛称はモロ、トコちゃん。

1971年に退団。その後、歌手を目指していた山之内光雄氏と結婚。

現職は、荏原交通㈱ タクシー乗務員。

宝塚時代の山之内敏子さん↓
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出典:http://twit-e.com/archives/5152000.html

山之内敏子がタクシードライバーになった経緯とは?!

日本が高度経済成長期の真っ只中の頃、山之内敏子さんは、宝塚歌劇団星組で、娘役「亜沙かおり」として舞台に立っておられました。

26歳の時に、歌手を目指していた山之内光雄氏とご結婚されます
27歳で結婚という情報もありました。)

夫である光雄さんは、歌手として全く売れていなかったので、生活の為に、二人で喫茶店を経営していらっしゃいました。

子供を6人授かり、裕福ではないながらも、幸せな家庭を築いていらっしゃいました。

しかし、仕事が不況で、閉店に追い込まれることになってしまいます。

光雄さんはこの失敗から、働く意欲を失ってしまい、敏子さんはご主人と子供6人を養うために、トラック運転手や中華料理店で、昼夜の区別なく働いてこられました

ご主人は9年前に他界。

これを機に、敏子さんはトラック運転手をやめ、60歳でタクシードライバーへと転職されました

タクシードライバーになって8年、67歳になった山之内敏子さんは、現在も都内でタクシードライバーをされています。

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